谷川俊太郎 

2014年12月16日

11月25日付の朝日新聞、19面オピニオンに
谷川俊太郎氏のインタビューが、掲載されていた。
「詩はどこへいったのか」というタイトルで、
詩の危惧を受けとめ、話しておられた。

インターネットの情報網は、高速で世界をつなぎ、
ここ10年位の間に、日本の社会構造も激変させたと
感じるこの頃だ。

私が谷川俊太郎さんの詩を知ったのは、頭痛高校生の時だった。
授業で、教科書の詩の感想文を書くのに、
萩原朔太郎、谷川俊太郎、鮎川信夫の3氏の詩の中から、
どれにしたらいいか、とても迷ったあげく、
朔太郎と、谷川さんの詩のどちらか一つを選ぶことが
できず、感想文を2つ書いて提出したのだった。

その後、上京し、池袋や渋谷のどこかで、詩のイベントが
あると出かけて行き、大型會議40代後半の谷川さんを、何回も
まじかで見た。
インドコットンのシャツを着ておられ、洋もくを吸っている
姿が、憧れの谷川俊太郎の詩人像だった。

そして意外だったが、当時、谷川さんは「ことば」から
少し離れ、(或いは別の角度から詩を考え)、会場でも
ビデオを持って歩き回っている姿が、印象的だった。

あれから、時代は変わった。
インタビューで谷川さんも言っておられるが、
今は、身の回りに、「詩的なるもの」が多い。
昔は、苦労して、「ことば」以外に詩的なるものを、
構築しようとする試みが、多々あったが、
今は、「詩的な」「詩みたいな」ものが、あふれている。

時間と共に、流されないような、
人の心に刻印できる絵、ことばを見たいと思う。
だがもはや、人間の心に焼きつくような芸術、抽象性のある
事象の出現というのは、もう時代が、許してくれないのだろうか。

立ち止まって考えられるもの、確実な人間の心の成長を促す
ものに、時間がとどまってほしい。
損得勘定や、欲望ばかりが優先するのではなく、
言ってみれば「もののあわれ」を感じ取り、理性を磨きあげて
人間として思索できるような、人間が人間になれる時代が
きてほしい。


 

Posted by ずさ at 12:37Comments(0)

ボンミス連発のあのこ

2014年12月09日

使えないってさ

あいつらは薄笑いを浮かべて
ヒソヒソと耳打ちをする
あいつらの思うツボ

あのこが認められるのがAviation Engineering BEng気に入らないらしいから
あのこに言い寄る男を蹴散らす
あのこのどこがいいんだって

粗探し
大勢の前で晒し者
どうやって追い出そうか

私の中にもやもや
何だろう…このダメさ加減
最悪な気分
アイツの思うツボだから?

頭(学問)がいいやつに限ってツカエナイ
ウツ病になったヤツは二度とナオラナイ旅遊發展
あいつらには笑えるネタで
盛り上がる興味本位の世間話で…

私は悲しくなって
世の中の見方はそうなんだと知った

あのこが私を見つめる
ホントツカエナイジブン
ツカエナイジブン
ダメナジブン

私に映り込む…
あのこの傷心…

小さいことじゃん組合屋


もう忘れなよ
お天気のいい週末
そんな沈んでたら勿体ないよ
あんなヤツに気を遣う必要ないじゃん
あんなヤツのせいで落ち込むなんてツマンナイ

誰かをサゲスムコトでしか
強くなれないなんて
嫌なヤツだなワタシ

ジブン
ヤクタタズ

 

Posted by ずさ at 12:33Comments(0)

青空を見ながら思ったこと

2014年12月04日

これからもっと歳を重ねて行くうちに、
私もいつかいろんなことがわからなくなったり
大事なことを忘れてしまうのかもしれない。

そんな日が来る前に
いまそっと書き留めておきたいことは、
今までの私のこの人生が、
どんなにすばらしいものだったかということ。

子供の頃のとても悲しかったこととか、
ティーンの頃の恥ずかしかった思い出。
あんなこと言わなきゃ良かった、
こんなことやらなきゃ良かったなんて、
チクチク後悔することや、
残念なことだってたくさんあったけれど、

それでも私の人生は、
そんな悲しいことや恥ずかしかったことや
後悔することや残念なことがあったからこそ
今こうしている自分があるのだと思うし、
本当は何も悔やむことなんかなくて、
ただただ まぶしい毎日があって、
ああ、私の人生面白かった!ありがとう!と、
死ぬ時にはきっと心から感謝できる。

だけど、実はまだまだやりたいことがあって
行きたい場所があって、会いたい人がいて、
たくさんの夢も目標もある。

だから、このいのちある限り私は、
あまり人に迷惑かけないように
心身ともに健康でありたいと、
私は願ってやまない。
 

Posted by ずさ at 12:49Comments(0)